大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所大法廷 昭和23年(オ)131号 判決

上告人

橋本甚之助

被上告人

宮崎県選挙管理委員会

"

主文

原判決を破毀する。

昭和二二年四月三〇日執行の宮崎県児湯郡選挙区における宮崎県会議員選挙を無効とする。

訴訟費用は被上告人の負担とする。

理由

本件上告の理由は末尾に添付する別紙記載のとおりである。

上告理由第一点について。

すべて選挙は、公正に行われることを生命とする。殊に公の選挙にあつては、選挙の執行が公正に行われ、選挙人の意思が誤なく選挙の結果に反映して、当選人が正当に決定されなければならないことはいうまでもない。されば、公の選挙の管理執行に関する法規は、そのすべてが選挙の公正に行われることを保障する目的で定められたものということができる。それゆえ、選挙がこれらの法規の明文に反して行われた場合が選挙の規定に違反したものであることは当然であるが、直接の明文に違反がなくとも選挙が公正を欠いた手続によつて行われた場合もまたこれらの法規の精神に背いたものであるから、選挙の規定に違反したものと言わなければならない。地方自治法は、その六七条において、選挙の規定に違反することがあるときは、選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合に限り、選挙管理委員会又は裁判所は、その選挙の全部又は一部を無効としなければならないと規定しているが、こゝに言う「選挙の規定」は前記の趣旨に解すべきものである。

さて、本件について、原判決の確定したところによると、上告人は昭和二二年四月三〇日執行の宮崎県児湯郡選挙区における宮崎県会議員選挙に当り、同月一五日通称六甲仙人として立候補の届出をしたところ、被上告人宮崎県選挙管理委員会は右選挙に際し、内務省地方局長の通ちように基いて作成した同月一六日迄に立候補した候補者の氏名及び所属党派を記載した一覧表中右児湯郡選挙区関係の一覧表には上告人の氏名を遺脱してしまつた。そして、その遺脱した一覧表の一部を各世帯に配布したのである。おもうに、右の一覧表の配布は、内務省地方局長の通ちようによつたものにすぎないのであるから、これをもつて直ちに法規による手続であると言うことのできないのは勿論である。しかしながら、締切り期日までに届け出られた候補者の氏名及び所属党派を記載した一覧表を各世帯に配布することは、選挙に関して知らなければならないことを一般選挙人に周知させる趣旨に外ならないのであるから、その一覧表に上告人の氏名等を遺脱して配布したことは、選挙の執行について著しく公正を欠いたものであつて、選挙法の精神に反し前記地方自治法にいわゆる選挙の規定に違反したものと言わなければならない。もつとも、原判決は、「本件選挙区関係の一覧表が四月二四日被上告人委員会から右選挙区地方事務所内の被上告人委員会嘱託員に送付され、即日右一覧表に上告人の氏名の遺脱しているのを発見した嘱託員が、同日嘱託員としての機宜の創意に基き、また同月二八日頃被上告人委員会からの改めての指示に基き、被上告人主張のようなそれぞれの指図を、区内各町村選挙管理委員会当局になし、右嘱託員の創意に基く二四日の指図については、翌二五日嘱託員からのその旨の電話報告に対し、被上告人委員会の承認したところであり、各町村選挙管理委員会当局が嘱託員からの指図に従つて、各世帯配布の一覧表中まだ配布前で追記可能のものは一枚毎に追記し、既に配布済みで追記不可能の関係分については、回覧板をもつて追記に代る通告をし、また投票記載備付の一覧表に追記した事実」を認定した上、「被上告人委員会が一覧表に上告人の氏名を遺脱したことの過誤は救済補てんされて適時に治ゆされ、○○○○○○また一覧表がその負荷された役割を果たすためその用方に従つて流通におかれてから、右瑕疵が適時に治ゆされたまでの間には格別の空白があつたとは言えないから、上告人の氏名の遺脱のない完全な一覧表が各世帯に配布されたと同一の結果に帰したもの」であるとし、一覧表における上告人の氏名の遺脱はさして有権者に影響を及ばさなかつたものと認めるに難くないと説明している。

しかしながら、原判決の認定した通りの事実であつたとしても、上告人の氏名を遺脱した一覧表を見た選挙人のことごとくが回覧板による通告をも見たものとは推断することはできないのであるから、これによつて手続の瑕疵が原判決の説示するように治ゆされたものと言うことはできない。されば、右児湯郡選挙区の選挙人中には上告人の立候補を知らない者もあり得たわけで、もし知つていたならば上告人に投ぜらるべき投票が他の候補者に投ぜられたことも推測されるし、また上告人に当選の可能性があるかどうかの点は別としても、上告人の得票が増加すれば他の当選者と落選者との間の得票に変更を来たし当選の結果に異動を及ぼすこともあり得るわけであるから、右の手続の瑕疵は選挙の結果に異動を及ぼす虞があつたものと言わなければならない。

よつて、論旨は理由があり、原判決は破毀を免れないので、その他の論旨に対する判断を省略し、民訴法第四〇八条第一号によつて破毀自判すべきものと認め、訴訟費用の負担につき同法第九六条第八九条を適用し主文のとおり判決する。

以上は裁判官全員の一致した意見である。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郞 裁判官 沢田竹治郞 裁判官 霜山精一 裁判官 井上登 裁判官 栗山茂 裁判官 真野毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島保 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 藤田八郞 裁判官 岩松三郞 裁判官 河村又介 裁判官 穂積重遠)

上告人橋本甚之助の上告理由

第一点 原判決(第二審)は憲法第十四条の趣旨に違反するものである。

即ち、上告人六甲仙人事橋本甚之助の氏名を遺脱した人名一覧表が昭和二十二年四月二十四日被上告人選挙管理委員会から宮崎県児湯地方事務所内に在る被上告人委員会の嘱託員を経て同郡各町村の有権者世帯主毎に配布せられたことは被上告人の認める処で又原判決の摘示の通りである。然らば同郡における立候補者十九名中上告人唯一人右瑕疵ある一覧表が配布せられた瞬間以降当該選挙の自由公正のらち外に放逐せられ上告人たゞ一人絶対的不利益をこおむりつつ選挙運動を行つたが昭和二十二年四月二十八日十五時半頃都農町において遺脱した人名一覧表を提示され直ちに同役場から電話で児湯地方事務所の選挙係や県選挙事務主任に交渉のため二十八日、二十九日の両日は選挙運動はできなかつた状態で上告人が不利益を被つたことは極めて明白の事実で敢て証明を要せぬことである(原判決判示のように瑕疵が治ゆされたということと自由公正を害せられ不利益を被つた事実とは一致するものでない。)

此不利益は上告人氏名遺脱の瞬間に發生し、しかもその瞬間においても發生することを許容すべき事柄でない。之を發生せしめることは選挙の自由公正を害することである。即ちこれが『選挙の規定に違反する』ことである従つて被上告人の主張するように上告人氏名脱漏につき仮に救済方法が講ぜられたとしても日時がないから三十日の投票日までに間に合わぬ各家庭に配布した一覧表は早い所で二十六日おそい所で二十八日までに配布済で追記はできない尚各町村会議員の選挙と一緒でもある。仮りに救済方法が講ぜられたとしてもその遺脱の瞬間から右救済までの空白は右選挙運動において上告人に不利益に進行し之が最終のゴールまで惡影響を与えたのであつて此の事は本件選挙の結果に異動を及ぼしたこと明々白々であつて上告人はこのため選挙の不成功を招来せしめたのである。

さすれば原判決が上告人に発生したこの不利益を考察せずして徒らに裁判の技術ないし理論闘争に泥ずみ且つ既に終結したる本件選挙の再施を喜ばず勇気に欠け安易について保守的観念に捕われ上告人に敗訴を言渡したるは正に『すべて国民は法の下に平等である云々』との憲法第十四条の趣旨に反するものと言わねばならない。故に原判決は此点(選挙の自由公正を害した点)において到底破毀を免れないのである。

第二点 原判決はその認定したる事実につき法令の適用を誤つているものである。

即ち、原判決は上告人敗訴の理由として、『もともと一覧表は候補者全部をひとり残さず掲載するものでなく、且つ各一覧表毎に「十七日以後の立候補者は掲載されていません」とのことわりがきが明記されてあつて一覧表を見た有権者としては、これに特定候補者の氏名が掲載されていないからとてその候補者が立候補を辞退したものとかまた立候補はしていないものとかを一覧表だけで軽々に考えるなどのことはあり得るはずのものではないしするから、単に一覧表に原告の氏名を遺脱したということだけで、選挙の結果に異動を及ぼすおそれがあるとはいえない』(判決理由中抜すい摘示)と判示しているが上告人のなした本件宮崎県児湯郡における立候補の届出は昭和二十二年四月十五日の最終の届出であつてしかも右児湯郡選挙区の場合においては立候補者は全部で十九名であつて有権者が尚此以外に人名表に記載なき候補者を想像する余地なくこの立候補者数は同選挙区で投票を行つた有権者は全部知悉している道理であるから右一覧表を見た有権者は上告人の記載がなければその脱漏している候補者(此場合上告人)が選挙運動途中立候補を辞退したものと思つたのは理の当然である。従つて上告人に投票しなかつた有権者が多数あつたことを信じうるのは社会通念上確実なことである。しかるに原判決がこの確実な事実につき民事訴訟法の適用を誤つて上告人に敗訴を言渡したのは失当である。

第三点 被上告人選挙管理委員会が第一審において上告人の異議申立を排斥したる決定理由として『候補者一覧表は法規によるものでなく便宜発行したものであるから、これに関して脱漏等不備の点があつても、地方自治法第六十七条にいう選挙の規定に違反するものとはいえないから選挙は無効とはならない(原判決中事実の摘示)というにあつた。然るに第二審判決において原告に敗訴を言渡したる理由としては原判決は(上告人の主張を認容して此点において右一覧表氏名遺脱は選挙の自由公正を害するもので「選挙の規定に違反する」場合に該当するものとして居るに拘わらず原判決理由中二丁の裏十二行まで援用)右一覧表に上告人の氏名を遺脱したことの過誤は救済せられたものと認定を下して結局完全な一覧表が配布されたと同一の結果に帰したと断定して其の言渡を行つたのである。然しながら乙第二号証の一各家庭に配布した氏名一覧表に追記不能と書いてある十箇町村が左の通りある。

乙第一六号証の二 都農町

同第一五号証   三納村

同第一四号証   西米良村

同第一〇号証   東米良村

同第七号証    妻町

同第五号証    富田町

同第一一号証   上穂北村

同第一三号証   川南村

庶第五四二号   都於郡村

仮に氏名の遺脱が追記補てんせられたとしても之がために上告人の被つた不利益が回復されたという証拠なく、被上告人の主張する瑕疵が治ゆされたというのは被上告人委員会側の一方的考察をいうに過ぎないものであつて本件選挙の対象たる有権者が結果においてどう動いたかということは少しも指摘且つ証明されていないのである。そうすると原判決が右瑕疵が治ゆされたとの点で上告人の選挙の結果に異動を及ぼさなかつたと断定したのは甚だ行き過ぎである。故に上告人に敗訴を言渡すに右一覧表の上告人氏名脱漏が救済せられ、その瑕疵が治ゆされたから之を為したのであるという理由は成り立たないのである。これ結局判決に理由(成り立たない理由)を付せざる不合理に帰するのであつて且つ又第一審において被上告人委員会の為した上告人異議申立却下決定理由(選挙の規定に違反せず)と原判決敗訴言渡理由(救済補てんされ瑕疵治ゆ)とが不一致であるのは判決理由にそごありというべきである。けだし被上告人は原審において抗弁の拡張をなしたようであるが原判決は被上告人委員会の決定は結局正当で右決定に対する不服は失当だとして上告人敗訴の理由を此点に帰着せしめているからである。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例